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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)209号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人中野峯夫の上告趣意書第一點は「原審は「法律ニ依リ辯護人ヲ要スル事件ニ付辯護人出頭スルコトナクシテ審理ヲナシタル」違法及び「不法ニ辯護權ノ行使ヲ制限シタル」違法を敢てしたものと云はねばならない。本件が刑事訴訟法第三百三十四條所定の所謂必要辯護事件たることは申すまでもない。從って辯護人なくして開廷審理することは許されない。而して共同被告人の場合に於ては「被告人ノ利害相反セサルトキハ同一ノ辯護人ヲシテ數人ノ辯護ヲ爲サシムルコトヲ得」(刑事訴訟法第四十三條第二項)るけれども、「利害相反」するときは各被告人に付き各別の辯護人を附せねばならないこと勿論である。原審に於て被告人夫英俊は昭和二十二年九月一日相被告人金鶴良克が控訴取下をするまでは同被告人と共同被告人として審理を受けて來たのである。然るに被告人夫英俊と金鶴良克とは「利害相反」する立場に在る者である。公判請求書に依っても原判決に徴しても被告人夫英俊は右金鶴良克及びその輩下六名と共謀の上、被告人夫英俊に於て判示道案内並に見張を爲し且つ判示盗品を運搬し、右金鶴良克等に於て判示暴行脅迫を爲して判示金品を強取したと謂ふのである。原審第一回公判調書に依れば被告人夫英俊は事実相違ない旨陳述して居るに反し右金鶴良克は事実相違し極力強盗の事実を否認してゐること明白であって記録全體を通讀して見ると被告人夫英俊の陳述するとと金鶴良克の陳述する所とは齟齬背反する點が非常に多いのである。乃ち被告人夫英俊が分擔する部分が多ければそれだけ金鶴良克の責任が輕くなり、夫英俊の負荷する部分が少なければそれだけ金鶴良克の罪責は重くなるわけであるから、被告人夫英俊と金鶴良克とは「利害相反」するものと謂はざるを得ないのである。從って被告人夫英俊と金鶴良克とには各別の辯護人を附すべきであって、同一の辯護人をして右両被告人の辯護人とすることは許されないのである。故に同一人をして両被告人を辯護せしむるような選任は違法であるのみならず無効であって辯護人なくして審理したと同一に歸せねばならない。然るに昭和二十二年六月五日第一回公判期日に於て被告人夫英俊の辯護人伊藤博夫が出頭しなかったので、原審裁判所は相被告人金鶴良克の辯護人たる辯護士宮沢武七を被告人夫英俊の辯護人に命じて審理を爲したことは記録上明白である。それ故原審は被告人夫英俊のために必要な辯護人を附することなくして審理をしたこととなり、刑事訴訟法第三百三十四條第一項同法第四百十條第十號に違反して居るのである。而かも此のことが他方に於て被告人夫英俊の辯護人伊藤博夫の辯護權を制限したととなり同法第四百十條第十一號違反となるものと思料する次第である。何となれば被告人夫英俊の辯護人伊藤博夫は昭和二十二年六月五日の公判期日變更願を同月二日附書面を以て提出し、(記録五四二丁)疏明として醫師諸橋林太郎作成の同月二日附診斷書(記録五四三丁)を添附し、該診斷書には「大腸炎、下痢腹痛の爲向後約七日間の絶對安静加療を要す」と記載してあり、而かも同月八日以後差支日を除き何時でも期日指定然るべき旨附記してあるのである。されば辯護人伊藤博夫が右六月五日の公判期日を變更申請したのは當然であって、同月八日以後の適宜の日時に變更したからとて審理を左程遅延させることにもならないのであるから、原審裁判所はむしろ右期日變更願を容れて最寄の日時に公判期日を變更指定すべきが相當の處置であると考へらるる。加之金鶴良克の選任した辯護人である辯護士宮沢武七を利害相反する被告人夫英俊の官選辯護人とするに至っては非常識極まる處置であって、その違法無効なることは前陳の通りであるが、それとは異なる見地から考えると、被告人夫英俊のためには全然準備のない、否むしろ、金鶴良克と利害相反する立場に在る夫英俊に取っては、有害にして逆効果の生ずる虞の十分ある辯護人宮沢武七をして被告人夫英俊を辯護せしむるが如きことは同被告人の辯護權の制限であると云はねばならないのである。被告人の信頼して自ら選任した辯護人伊藤博夫をして同被告人を辯護せしむる機會を奪ふと共に同被告人のためには却って不利益なる辯護人宮沢武七をして同被告人を辯護せしめる叙上原審の處置は正に辯護權の制限に該當するものと云はねばならないのである。而かも斯る不當な處置の下に第一回公判期日に於て被告人夫英俊に對する基本的事実審理を終了して居るのであって、その後は只形式的に更新手續を反覆して居るに過ぎないから右不法處置は致命的であるのである。」というにある。

原審第一回公判期日に際し、所論のように、被告人、夫の辯護人伊藤博夫が期日變更申請書を提出しておいて同期日に出頭しなかったところ、原審は同公判期日に公判廷において右の期日變更申請を却下し、同被告人のため相被告人金鶴良克の私選辯護人宮沢武七を被告人、夫のための辯護人に官選し、同辯護人の立會いで審理を行ったことは、該期日の公判調書によって明かである。ところが、被告人、夫と、原審相被告人金鶴とはもともと本件強盗の共犯者として共に起訴されたものであるが、被告人、夫は第一審以來その公訴事実を認めていたのに反し、金鶴は第一審以來自己に對する公訴事実を否認していたことが明かであるから両名は本件において利害相反する立場にあったものというべく、從って原審が被告人、夫のために辯護人宮沢武七を選任したのは、刑事訴訟法第四十三條第二項に違反する違法の處置であったといわなければならない。しかしながら、原審は右第一回公判期日において審理を終結したのではなく、その後公判手續は第二回及び第三回各公判期日においてその都度適法に更新され、第二回公判期日には被告人、夫の私選辯護人伊藤博夫が、又第三回公判期日には同樣同被告人の私選辯護人桑名邦雄がそれぞれ出頭して審理に立會っていることが記録上明かであるから、右第一回公判期日における前記瑕疵は右審理更新の結果原判決に影響を及ぼさないものというべきである。又、原審が、右のように第一回公判期日において被告人、夫の辯護人伊藤博夫から提出した所論期日變更申請を却下し、同辯護人不出頭のまゝ同期日の審理を行ったことは所論のとおりであるが、その後第二回公判期日は同辯護人にも適法に通知され、同期日には同辯護人出頭の上、公判手續が更新されたこと前示のとおりであるから、結局原審手續は不當に辯護權を制限した違法のものということはできない。論旨は理由がない。同第三點は「原審の採證には違法がある。即ち證據として採用すべからざるものを採用して事実認定に供して居るのである。(一)原審公廷に於ける被告人夫英俊の自白は證據力がない。憲法第三十八條に依れば「……不當に永く抑留若くは拘禁された後の自白は、これを證據とすることは出来ない。」(應急措置法第十條同旨。)被告人は昭和二十一年十二月十九日勾留せられて以來今日に至るまで一年二ヶ月の拘禁生活をして居る。證據湮滅又は逃亡の虞なきに拘らず保釋を許さない。その不當に長期に亙る拘禁たることは明かであり、原審の公廷に於ける自白は此の長期不當拘禁後の自白であるから、それが證據として採用することの出來ないことは疑の餘地がないのである。之を採用した原判決は正に憲法の條文に違反する不當不法あるものと云はざるを得ない。(二)原審證人板垣義春の供述を證據として採用したのは違法である。板垣義春は當時數へ年十一年の幼童である。滿九歳餘りの子供である。刑事訴訟法第二百一條第一號に「十六歳未滿ノ者」に「宣誓ヲ爲サシメズシテ之ヲ訊問ス」ることを許したのはもう少し大きくなって事の善惡是非を識別する能力知識ある者を指して居るのである。九つや十の子供を問題にして居るのではない。小学校の二年生、三年生にそんな知識判斷能力はない。斯くの如き頑是ない子供の供述は全然證據價値なきものと云はねばならない。それにも拘らず之を採用した原判決は不法てある。(三)證人長谷川チヨの供述を採用したのは違法である。同證人を訊問するに當っては先づ刑事訴訟法第二百一條に該當するか否かをたしかめた上、之に該當せぬと認めたときは「宣誓」を爲さしむべく、又その前に「僞證ノ罰ヲ告」げなければならない(同法第百九十九條、第二百條)。之れだけの準備工作をした上でなければ證人を訊問してはならないし、又假りに訊問しても之を證據として採用することは出來ないのである。然るに證人長谷川チヨの訊問調書を査閲すると此の手續を履んで居ない(記録六六〇丁)。尤もその調書の後に宣誓書はくっ付けてあるが訴訟手續を適式に履践したか否かは調書に依って之を證明する外ない(刑事訴訟法第六十四條)。從って公判調書に何等の記載がない以上は公判期日に於て前記證據調に關する訴訟手續を履んだと云ふことは出來ないわけである。故に證人長谷川チヨの供述を證據として採用した原判決は違法である。原審の採用した證據中少くとも以上の三は違法のもので證據力を有しない。之を採用して事実認定を爲した原判決は不當である。而かも此の三證據を除外しても尚ほ且つ判示事実を認定することを得と云ふわけには行かない。それは一つには此の三を除外しては到底判示事項を認定し得ないこと勿論であるのみならず、二つには假りに認定し得るとしてもその認定し得るや否やと云ふこと自體は事実誤認の問題として從前上告理由たり得たものであるが(刑事訴訟法第四百十四條)、今や之を上告理由とすることを排除されたから(措置法第十三條)、之の規定に對する對抗條件(均衡觀念)として、事実認定が出來るか出來ないかと云ふことをたてに取って不當不法の判決を維持する理由とすることは許されないものと思推する。換言すれば不法なる證權を除外しても爾餘の證據で以て事実認定が出來ると云ふ理由を以てしては不法なる證據を採用した原判決を維持することは許されないものと考へるのである。此の意味に於ては上告裁判所は事実認定をすることから除外されて居るのである。即ち刑事訴訟法第四百十一條の規定は事実誤認や量刑不當等の理由に依る上告排除の限度に於て改正されたものと云はなければならない。要之原判決は證據として採用することの出來ないものを以て事実認定に供した不法あるものと云はねばならない。」というのであるが

その(一)について、被告人、夫が勾留されたのは所論のとおり昭和二十一年十二月十九日であり、又同被告人の原審における自白は昭和二十二年六月五日の第一回公判以後同年八月三十日の第三回公判を通じてなされているのであって、右勾留後第一回公判期日迄に約六ヶ月、第三回公判期日迄には二百五十日餘を經過していること明かではあるが、本件事案の内容、取調の經過、相被告人の供述内容等諸般の事情に鑑み、右程度の勾留は、未だ不當に長い拘禁とはいえないから、被告人、夫の右の自白を證據とすることができないものということはできない。所論(二)の原審證人板垣義春が原審における取調べを受けた當時十一年(昭和十二年三月生)の小学兒童であったことは同證人訊問調書の記載から明かであるが、この程度の年齢の者は絶對に證人たる資格がないとはいえないのであって、同調書記載の同證人の供述内容から見ても同人は本件強盗の被害當時の状況について、詳細に記憶しているその実驗事実を順序良く訊問に答へて陳述報告しているのであって、事理を辯識する能力を備えていた者と認めるべく、かゝる年齡の證人の供述を證據として採用するか否かは事実審たる原審の自由になし得るところであるから、原審が同證人の右證言を判斷の資料に供したとて無効の證據を罪證に供した違法があるということはできない。次に、所論(三)について見るのに、記録によれば、原審は所論證人長谷川チヨの訊問に際し、同證人が刑事訴訟法第二百一條各號に該當するかしないかについて特に取調を行った旨の記載がなされていないこと所論のとおりであるけれども、同調書の末尾には同證人の自署した宣誓書が綴られているから、原審が同證人をして宣誓させたことは明かであるといわなくてはならない。而して、同證人は本件において被害者の妻であって刑事訴訟法の右の規定の各號のいずれにも該當しない者であることが同證人の供述内容その他一件記録によって明かであるから、同人は宣誓をなさしむべき證人であり、これに宣誓をなさしめた上訊問しているのであるから右證人訊問調書に前記のような記載がないからという一事を以て該調書が違法であって、これを證據に採ることができないものであるということはできない。又該調書によれば、同證人に對して宣誓前に僞證の罰を告げた旨の記載もないこと論旨に指摘するとおりであるけれども、元來刑事訴訟法第百九十九條は、證人にその供述をなす前あらかじめその注意を促し、良心に從ってありのまゝにその実驗した事実を供述させるとともに、僞證罪に問われることのないようにさせるために設けられた訓示的規定であるから、證人に宣誓をなさした上供述させている以上、たとえ宣誓前に僞證の罰を諭示しなかったからといって、宣誓の効力には何ら影響がなく、その證人の證言を無効と考える必要は少しもないから、論旨は理由がない。

同第四點は「原判決中訴訟費用全部を被告人及第一審相被告人金鶴良克の連帶負擔とした部分は不當不法である。訴訟費用に關する判決も被告人に對する不利益なる裁判たること勿論である。原審に於て被告人夫英俊は大體に於て事実を争って居ない。事実は相違ないと云って居る。事実を極力争ひ、全面的に否認したのは実に第一審相被告人金鶴良克であった。金鶴良克は原審第一回公判の當初から事件に付き否認する態度を明かにしに來た。そして散々裁判所を手古ずらせて、種々の證據申請を爲し、檢證やら證人訊問や 施行するように仕向けたのである。原審に於ける新しい證據調は全部右金鶴良克のために施行せられたと云っても少しも云ひ過ぎではない。而かも彼れ金鶴良克は昭和二十二年九月一日に至って突如として控訴を取下げて第一審の刑に服したのである。此の金鶴良克のために支出した訴訟費用を被告人夫英俊は何が故に負擔せねばならないのであらうか?訴訟費用は共同被告人に総ての場合に全部連帶負擔せしむる立前ではない筈である。不可分的な場合又は真実に於て共通的な訴訟費用は勿論連帶負擔とすべきであるが共同被告人の中或る特定の被告人のため支出した費用なることが判明して居る場合にはその特定被告人をして單獨に之が負擔を命ずべきである。本件の場合に於ては殆んど全部金鶴良克のため支出した費用であるから、須らく彼をして之を負擔せしむべきである(刑事訴訟法第二百四十三條)。要之訴訟費用を全部被告人夫英俊と金鶴良克とに連帶負擔せしめた原判決は不法且つ不當である。」というにある。

しかしながら共同被告人中のある者が公訴事実を認め、他の者がこれを否認している場合に、裁判所がその公訴事実の審理のため證人を喚問するのは、結局真実を発見するためであるから、かような證人に支給した旅費日當などの訴訟費用を、その共同被告人をして連帶して負擔させるか又はその中のある者のみに負擔させるかは、裁判所が自由に定めることのできる問題であって、從って、審理の結果右の公訴事実が證明され、判決において認定された場合には右の費用は、公訴事実を否認していた被告人のみに負擔させるべきであって當初からこれを認めていた被告人には負擔させてはいけないという理由はない。本件原審において、被告人、夫は公訴事実を大體において自白し、相被告人金鶴は極力これを否認していたこと、原審が被告人、夫及び同人の辯護人からの申請に基ずいて證人を喚問し、なお、職權によって決定した證人をも喚問して後、右被告人、夫及び原審相被告人金鶴の共謀強盗の事実を認定する原判決において、これ等の證人に支給した訴訟費用を、右両名の連帶負擔とする言渡をしたのは、何等違法ではない。のみならず刑事訴訟法第二百四十二條によれば、訴訟費用の負擔を命じる裁判に對しては本案の裁判について上訴する場合に限り不服を申立て得るものであって、本案の裁判と独立して上告の申立をすることはできないものである。從って、本案の裁判に對する上告が理由があるときは、訴訟費用の負擔を命じ、裁判に対する不服もこれを維持することができるけれども、本案の裁判に對する上告が理由がないときは、これと離れて、訴訟費用の負擔を命じた裁判に對する不服のみを維持することはできないものと解するのが相當である。しかるに本件において本案の裁判に對する上告が少しも理由がないものであることは上に説明したとおりであるから、結局論旨は上告適法の理由とならないものといわなければならない。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

よって刑事訴訟法第四百四十六條に從い、主文のとおり判決する。

以上は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重)

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